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​獅子神

むかしむかし 獅子という人を喰うおそろしい化け物がおりました

金色の牙と爪を持ち ひとたび駆ければ風のように速く 

岩をも砕く力を持った大きな化け物でした

こまった人は神にこの化け物を退治してほしいと願いました

神は使いとして人のそばに住むキツネにことを預けることにしました

神から 話を聞いたキツネは どうしたら共に生きることか出来るか考えました 

そして獅子に次のように話しました 悪さをする人には欲を操る邪鬼が取り憑いてること 

欲という蜜を吸う邪鬼は食えばとてもうまいこと

そして その邪鬼は人しか扱うことの出来ない神剣で倒す必要があること

最後に「そちが邪鬼を食らえば人からも崇められるだろう」と微笑みました

獅子はもともと人の為に悪しき者だけを食っていたのに 人から恐れられていると知って驚きました

キツネは続けて「人が邪鬼を退治することは私が導く そちは人が怖がらぬようにこの木彫像に身を隠し 神剣を使う人の近くに潜んでおれ それとこれは邪鬼を食えるようになる神の力を宿した実だ」と赤く光る実を差し出しました

人のそばにいて退治された邪鬼を食うだけならうまい話だと思った獅子はその実を食べ 木彫像に身を隠すことにしました 

こうして獅子はキツネと共に神剣の使い手を探すことにしました

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ある村に徳右衛門という薬草に詳しい 生き物が好きな男の子がおりました

徳右衛門は近くの山に住む薬師の手助けをするために山に分け入っては薬草を探していました

ある日 山の中で わなにかかったきつねの親子を見つけました

自分のものではないわなを外すことは禁じられていましたが まだ息のあった子ぎつねだけは助けようとわなを外してあげました

ところが傷ついた子ぎつねを抱いて山を下りていると わなを仕掛けた隣村の子ども達に見つかってしまいました

徳右衛門は子ぎつねだけは助けてやってほしいと頼みましたが聞き入れてもらえず何度も殴られました

掟(おきて)では子ぎつねがわなにかかった時は逃がすことになっていました

しかし 徳右衛門は子ども達が子ぎつねは最初から死んでいたと嘘をつくことを知っていたので必死に子ぎつねをかばいました

ちょうどその時 徳右衛門の幼なじみのタキが通り掛かりました武術が得意なタキはまたたく間に子ども達を追い払い徳右衛門を助けました

数日後 子ぎつねのケガよくなった頃 徳右衛門はタキと一緒に子ぎつねを山に返しに行きました子ぎつねは二人を何度も振り返り 藪の中に入っていきました

二人が帰ろうとしたその時 その藪から輝くような白いキツネが現れました

白狐は二人の前までやってきて 口にくわえていた木コロと剣を置きました 

二人がそれを拾い 顔を上げたときには白狐は消えていました

二人は不思議な出来事に驚きましたが白狐が残したものには何か意味があると思い 家に持って帰りました

その夜 徳右衛門は夢をみました夢に現れた白狐は「おぬしはとても優しく強い心を持っている これからも困った人や生き物を助けるために力を尽くしてほしい 災いが起こるところには必ず邪鬼が潜んでいる 木彫像と神剣を持ち 邪鬼を退治するがよい」と徳右衛門に告げました

翌朝 改めて木コロをよく見た徳右衛門はそれがまるで何かの生き物のような形をしているのに気づきました

徳右衛門は急いで木コロを手にタキの家に行き 夢の話をしました

徳右衛門から話を聞いたタキは「災いが起こるところには邪鬼が潜んでいる・・・」と呟くと今朝起こった出来事を徳右衛門に聞かせました

大工の若頭の源次郎は病に伏せっている妻を放って賭け事にのめり込み 妻が辞めるように言うと暴力をふるうという

これがあまりにひどいので大工仲間が村役のタキの父親のところに頼みに来たが いくら父親が源次郎に話をしても全く聞く耳を持たず まるで何かに憑かれたようにフラフラ帰っていったという

大工仲間はある事件がきっかけで源次郎がすっかり変わってしまったと話しており タキは皆が源次郎夫婦をほとんど諦めているようで悲しいと言いました

徳右衛門はそれを聞き タキに言いました「夢でキツネが言っていた邪鬼を退治するというのがどういうことかはわからない けれど 源さんに会って話を聞こう」タキは徳右衛門に頷きました

村の外れにある神社の中では数人の大人たちがギラギラした目で博打をしていました

二人が神社の中をのぞくと どこからか声が聞こえてきました「賭けに勝った時の快感を食う邪鬼だな」声のする方を見た二人は驚きました 

そこには金色の角とキラキラと光る毛に覆われた大きな生き物が立っていました

「わしは獅子という あの男に憑いている邪鬼を引っ張り出すからその剣で打て よいな」そう言ったかと思うと獅子は大きく口を開いて源次郎に噛みつきました

噛みつかれた源次郎は傷ついた様子はなくその場で倒れただけのようでしたが 獅子は源次郎からおぞましい姿のものを引っ張り出しました「うわぁぁ バ バケモンだ!」博打をしていた男たちが獅子を見て叫びました 

ある者は逃げ出し ある者は恐怖で動けないようでした

騒然となった神社の中で 獅子は加えていたものを飲み込み ゆっくりと男たちに話しかけました「化け物か・・・ ぬしらの方がよほど化け物のような顔をしておるぞ どうせ飯も食わん 眠りもせんと賭けることに狂うておるのだろう 病に冒されているのにも気づかんようだな それにしても邪鬼がこれほどうまいとは キツネはこれを退治出来るのは神剣だけだと言っていたが ぬしらの邪鬼もくろうてやろうか」

そう呟いた獅子は男たちににじり寄り 源次郎と同じように襲いかかりました

襲われた男たちからも邪鬼が引っ張り出され 獅子はそれらを飲み込んでいきました

その場に意識ある者がいなくなった時 獅子は徳右衛門とタキに言いました「確かにうまい 力もみなぎるようだ 邪鬼を食えるようにしてくれた神に感謝せねば 

しかし神剣がいらんのならわしはその狭い木コロに隠れている必要もないわけだ 自分で邪鬼に憑かれたものを探すとするわ」

獅子が背を向けたその時 「きっとすぐに始まるよ 神剣を構えた方がいい」いつの間にか山に返したはずのあの子ぎつねが徳右衛門のそばに立っていました

徳右衛門が話をする不思議な子ぎつねに目を奪われていると「グウォォォォ なんだこれはぁぁぁ」と獅子が叫び声をあげました

毛が逆立ち 白目を剥いた獅子がよろけながら二人に向かってきます

「じきに完全に邪鬼に操られてしまうから気をつけて 邪鬼は神剣を持つ者を狙ってくるよ」子ぎつねが徳右衛門に言いました

徳右衛門は戸惑いながらも手に持っていた剣を獅子に構えました

神剣を前にした獅子は束の間 徳右衛門を見てひるんだようでしたが またたく間に徳右衛門を押し倒し 真っ赤な口を開けて笑ったように見えました

徳右衛門は逃れようともがきましたが獅子の力は強く 爪が深く肩に食い込みますあわや頭から飲み込まれると覚悟を決めた時 獅子が突然動きを止め ぐったりと覆いかぶさるように倒れてきました

獅子の下から這い出した徳右衛門のそばには飛ばされた神剣を獅子の脇腹に突き立てたタキが立っていました

「すごいなその剣は・・・一撃で仕留めたんだね」徳右衛門がタキに向かって言いました

神剣を持ったまま呆然としているタキは「獅子は傷つけず飲み込んだ邪気だけを倒すみたい 不思議な剣」と呟きました

すると「キツネェェ 説明しろ!」と目を覚ました獅子がものすごい形相でが立ち上がりました

タキは驚いて剣を構えましたが「待って 獅子は君たちの味方なんだ!」

子ぎつねはタキの前に出て話しはじめました

邪鬼に憑かれた人は自分を抑えることが出来なくなり欲に溺れてしまうこと

神の力を得た獅子はその邪鬼を引き剥がすことは出来るが邪鬼の操る力は強く 獅子でも取り憑かれてしまうこと

そして 邪鬼は神剣にてのみうち祓うことが出来ること

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子ぎつねの話を聞き終えると徳右衛門は木コロを見ながら呟きました「実はさっきこの木コロから感じたんだ 淋しいなら遊べばいい 忘れたいのなら銭を使えと きっと男たちに憑いていた邪鬼の声だったんだね」これを聞いたタキは子ぎつねに尋ねました「源さんが人が変わったようになったのが邪鬼のせいなら 邪鬼を祓った今なら昔のように戻ってるということなの」

「うん 目を覚ましたように変わるはずだよ」子ぎつねは言いました

徳右衛門がタキと源次郎の元に駆けていくのをみて獅子は苦しげに呟きました「身体の自由を奪われる上に 斬られるとは あのキツネにまんまと騙されたか・・・しかし邪鬼は存外にうまかったな・・・」そう言い残して獅子は木コロに戻っていきました

その木コロのちょうど腹の部分から赤い液体が流れていることに徳右衛門は気づきました「この血のように見えるのは何だろう・・・子ぎつねは獅子は倒れることはないと言っていたけど もしかして傷を負っているのかもしれない」

その後 徳右衛門とタキは邪鬼を祓う度に血を流す獅子を労りながらも暮らしを壊している大勢の人を救うために邪鬼を祓い続けました

 

欲に溺れ 暮らしを失っていた者が活気を取り戻し 病に臥せっていた者も次々に元気になった頃 真っ赤に染まった木コロが病を治してくれるという噂が広まりました こうして村の中央に木コロを崇める神社が建立され 病魔を退治する不思議な木コロの社として医師(くすし)神社と名付けられました

この物語は川尻地区に鎮座する医師神社の縁起伝説を元にしたフィクションです。

 

 

 

外伝

ある集落に年若い獅子現れ 神に邪鬼を食える力を授かれり

この俄獅子 気性荒く一度に多くの邪鬼を食らいけり

数多の邪鬼が宿りし獅子は手強く 剣士ひとりでは祓うことかなわず

神の使いの白狐は四人の剣士に神具を持たせ 邪鬼祓いに向かわせたり

しかし剣士ら我先に邪鬼を祓おうと争いけり

さすれば功を欲っする邪鬼現れたり

邪鬼に憑かれた剣士らは互いに斬り合うも 獅子が剣士らに憑く邪鬼を食らいけり

食らった邪鬼に操られし獅子は暴れ獅子となりけり 

邪鬼食らわれた剣士らは正気を取り戻し 力を合わせ暴れ狂う獅子を見事倒し邪鬼を祓いけり

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